私なりの孫子 no.15(始計編11)

始計編 no.11

怒而撓之

怒らせてこれを撓(みだ)せ。

 

<相手を怒らせてかき乱せ>

酒に酔うと思わず本心をさらけ出すことがある。

同様に、激怒すると、ふだん胸におさめていることをぶつけてしまうこともある。

もちろん、酔っぱらったり怒ったりしたときの言動が、すべてその人の本心であり本質であるとは言えない。

心にもないことを口走ったり、思いもかけないことをしたりすることも多い。

だが、ともかく人間は興奮すると心のバランスを失い、平常まとっている衣装を脱ぎ捨てることは間違いない。

孫子はこの原理を詭道に活かせというのである。

剣聖宮本武蔵が剣豪佐々木小次郎を倒したのはその典型だ。

約定の刻限に彼はわざと遅刻した。小次郎はカッカとして待つ。やっと現れた武蔵は、

小次郎が刀の鞘を投げ捨てたのを見て「小次郎敗れたり」という。

小次郎の怒りは爆発し、完全に心のバランスを失ってしまう。

古来、中国の合戦ではこの手がよくつかわれている。

秦末、劉邦と項羽の天下制覇の対決で交わされた舌戦は有名である。

この原理は相手を倒す場合だけではなく、

 

1.相手の心の垣根を取り去ろうとする場合、

2.相手の正体を見抜こうとする場合、

3.相手を奮起させようとする場合、

など、さまざまに活用できる。

 

 

ここから私見…

この場合、相手の心の内を把握しよとするとき

相手の考えを看破するときなど、怒りの反応に限らず

人間は”心の生き物”という現実をよく把握して、心の反応を見るということが

最も重要な気がしますね。

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

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