私なりの孫子 no.13(虚実編2)

虚実編 no.2

能使敵人不得至者、害之也

よく敵人をして至るを得ざらしむるには、これを害するなり。

 

<敵をこちらへ来ないようにするには、来たならば損害を受けると思わせることである>

相手は何らかの目的があって来ようとするのである。

それを、ただこちらの都合で「来るな」といったところで相手は止めるはずがない。

ところが、往々にして、来られたら困るという意識が先に立って「来るな」「来ないでくれ」

というにとどまっていることが多い。

主観的に過ぎるのである。

人に何かさせよう、もしくは、させまいとする場合、まずこの主観的態度を捨てることから

始めさせなければならない。そして相手の身になってみることだ。

そうすれば、どうしたら相手が動くか、もしくは動かないかということが分かるだろう。

禁止、制止、およそ人の行為を中止させることは、考えようによっては、

人に何かをやらせることよりもむしろ難しいものである。

どうしても、手っ取り早く、こちらの立場から出た命令か、お願いになってしまう。

ある小学校の調査によると、子供たちが嫌だと思う母親の言葉のトップは「だめ」、二位は「はやく」だそうである。

禁令はあまり多いと、かえって逆効果である。

 

 

ここから私見….

おおお…今日のは深いなぁ…

確かに人を”動かす”よりも”止める”方が困難ですね。

これが簡単に、思うように出来れば戦争なくなるし。

あ、孫子の兵法いらないねってなっちゃう(笑)

 

でも、大勢の人間を”動かす”や”止める”は、それこそおこがましいというか

なんだろう、人を駒のように思っているというか…その時点で間違いのような気がします。

そこに人の利害や感情がしっかりつかめて、

それに応じた状況を作ってあげると

自然と大きな流れは流れる方に流れるようになり

それが結果として己の利益につながるような人こそが

達人…のような気がします。

これは見方だろうが敵であろうが本質は同じたと思いますね。

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

 

 

 

 

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