私なりの孫子 no.11(兵勢編1)

兵勢編 no.1

善動敵者、形之、敵必従

よく敵を動かすには、これに形すれば敵必ずこれに従う。

 

<敵を動かそうと思ったら、敵がどうしても動かなければならないような状況を作り出せ>

強大な武力によって敵を制御するのでは常識的に過ぎる。

自分より強大な武力をもつ敵をさえ、状況によって動かしめるのが重要なのである。

力を使わずに敵をこちらの思うようにコントロールする。そこに兵法の真価がある。

直接敵を動かそうとするのではなく、敵が動かなければならない”仕掛け”をする。

こちらの武力を用いずに相手を動かすので犠牲も少なくなるのである。

この兵法を「示形の術」という。形を示して誘い込むのである。

 

戦争の実例を挙げよう。西暦前四世紀、中国の戦国時代のことである。

魏の大軍が甲賀を渡って北上し、趙(ちょう)の邯鄲(かんたん)を包囲した。

趙は同盟国である斉(せい)に救援を要請する。斉王はこれを受け入れ、直ちに邯鄲の都に

援軍を差し向けようとしたところ、軍師の孫臏(そんぴん)がとめた。

「喧嘩の助太刀をしようと思ったら直接殴り合いに加わるべきではありません。また、

もつれた糸をほぐすには、無理に引っ張ってはいけません。このさい、わが軍は魏の都を衝きましょう。

自然と趙の囲みは解けるに違いありません。」

この献策に従い、斉軍は戦場に向かわず、魏の都大梁(たいりょう)に向けて進軍を開始した。

急報に接した魏の遠征軍は狼狽し、邯鄲の囲みを解いて本国に引き返した。斉軍はこれを中途で迎撃し

大勝利を収めた。この故事から「魏を囲んで趙を救う」という成語がうまれた。紛争の現場を避け、

相手の急所を突いて手を引かせるようなときに使う。

「示形の術」は、無意識のうちに人間関係でも日常的に用いられてることだ。

卑近な例だが、恋愛についてみてみよう。相手を口説く場合、ただ自分を好きになってくれと

迫ったところで無益であり、よほどのダメ男でない限りそんなことはしない。それよりも、

相手が自分を好きになるような状況を作ろうとするだろう。これすなわち「示形の術」である。

 

セールス、商品広告、いずれもこの原理が使われている。

ただ「買ってくれ」と言ってもお客は財布の口を開かない。進んで買いたくなるような状況を

作り出さなければならないのだ。

人に「やる気」をおこさせる原理も、同様である。強制によって本当の「やる気」がおきるものではない。

「やる気」をおこさすような動機を与えてやることだ。

いってみれば、今日の行動科学が言う「動機づけ」の理論は、二千数百年前、孫子によって

すでに提唱されていたのである。

 

むむむ…魏が大軍で趙を攻めたとき黄河を渡るような遠征なのに斉が横っ腹を衝かないよう

手を打っていないことも微妙だし、魏の都をすっからかんにするのも微妙に思いますわ。

昔、日本で武田信玄と上杉謙信が川中島で戦ったとき、上杉さんは8千で妻女山に陣取って

武田軍別働隊に春日山を衝かれないよう1万の兵を残してましたから。

それから武田勝頼が長篠で織田軍にコテンパンにされた時も、信濃海津城に高坂弾正と8千騎を

残してましたから。

魏の軍勢どんだけぇ~って感じですが、まあ、詳しく書いてないし、大目に見ますが

この兵勢編の「示形」対人ににおいては、事実で示す場合と心で示す場合とがあり

結局のところは、心を攻めるを上策とすべし…ですかね。

ツボなんですけど難しいのが人の心です。

 

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

 

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