私なりの孫子 no.8(始計編7)

始計編 no.7

能而示之不能。

能なるもこれに不能を示せ。

 

程度の差こそあれ、人間には誰しも、他人に対する優越感と劣等感とが同居している。

自分は人よりだめなのだという嘆きがある一方で、少しでも自分の方が上だと自慢をしたいという気持ちもある。

自分の能力を他人に認めてもらいたいと思うのは人情だ。

まして今日は、宣伝の時代である。黙っていたら、認められるどころか、後れを取ってしまうのではないかという不安がある。

そこで、事ごとに自己宣伝をし、自分の才能を誇示することが流行っている。

目立ちたがり屋の横行である。なかには、それが功を奏し、大いに売り出すものもある。

だが、そうした生き方は危険だ。仮に成功したとしても、能力以上の虚名だとすれば、

いつも無理をしていなければならない。それよりもこれで行こう。

<できるのに、できないようなふりをせよ>

そうすれば、まず、人にねたまれずにすむ。また、人がそれ以上のことを教えてくれる。

そして、おのずからその才能が認められるようになったときは光がいっそう輝く…などなど、

よいことはあっても悪いことはないのである。

これは孫子のいう「詭道」の一つなのである。

 

 

耳が痛いですねぇ…

僕はどっちかってぇと、めでたがり屋で自己顕示欲が強く、周りが馬鹿に見えて仕方ない

という時期がありました。

サッカーでいえば自分より上手でない中で気持ちよくサッカーして

自分がうまくなったような気になる…ってんでしょうか。

そんな気持ちよくサッカーしてて上手くなるはずがないんですよね。

孫子のいう能あるタカは爪隠す…じゃないけど、いやいや能がないからもっと

自分より上手な連中とサッカーして緊張感もって向上心もってボール蹴って

あれぇ…なかなかうまくなんねぇぞ…と思った時が成長の第1歩なのだと30歳超えて初めて気が付きました。

 

仕事・プライベートの人間関係も同じではないでしょうか。

自分がすごい人間だ!周りよりサッカーうまいんだ!!な~んて思ったところから

停滞と衰退がハジマリハジマリのような気がします。

 

戦略上、対戦相手に実力を隠すってのも大事です。が、

己の切磋のためにも心がけから忘れてはならないひと項目のような気がします。

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

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