ひとりごと

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岡山市中区で ちょうどよく、かっこよく。 no.248 リフォーム原尾島店(w)

最近フル稼働です。この子。よくできた子です♪

ウエストの出し入れと、股下の出し入れ、

ガンダムマイスターになれるくらいマイスターになりました。

そして昨日の続き…これからとっかかります。

今は原尾島店でしかできない技ですが、今後ガルディでは

全ての店舗で各店長の必須スキルとして計画中です。

一昨日も「もうできたんですか!?(ウエスト直し)ありがとう!!」と、

めっちゃお客様に喜んでいただけましたから♪

 

 

 

 

 

 

 

 

岡山市中区浜 オーダースーツ専門店 ガルディ原尾島店

 

 

 

 

 

 

♪Good モーニング♪

ここ数日の猛暑で、早くもダレ気味の私ですが仕事後の冷えたビールを楽しみに今日もお店に立ちます(^ム^)

さて、ガルディと言えばフォーマル! フォーマルと言えばガルディ!

という訳で先日、お客様のお父様がご来店されMORNING COATをご注文を頂きました(*^_^*)

仕事用スーツもしかり、フォーマルこそ自分の体形に合ったスーツを着たい!と強いご希望もあって、レンタルで

は無くオーダーをチョイス。ご試着の際も大変喜んでお帰りになりました!(^^)!

素敵な結婚式になるよう心よりお祝い申し上げます。

 

 

旧年中は大変お世話になりました。

本日をもって2016年度の営業は終了いたしました。

旧年中は大変お世話になりました。

新年度も気持ち新たにお客様のスーツづくりのお手伝いが出来ますよう

一生懸命頑張っていく所存でございます。

また来年度も変わらぬお引き立てを賜りますよう

よろしくお願い申し上げます。

 

ガルディ原尾島店 西野 人

おかやままらソン。

今朝、野田店から原尾島店入るのに

びびりました!!

「え゛え゛え゛え~~ッッッ今日店入れるの???」

岡山ででかいマラソンと言えば山陽ロードレース

だいたい10時過ぎから順次規制に入るので

原尾島店のオープンには余裕で入れるのですが

今回のマラソン、事前に規制が入ってて往生しました。

 

いまも近辺は渋滞してますので

昼過ぎまで岡山市内へ入る方はお気をつけてください。

ちょうどぇぇ!がカッコえぇ! 1クール終了。

2月から始まっていたFM岡山さんでのガルディプレゼンツ

ちょうどええ!がカッコえぇ!、今日で1クール終了の運びとなりました。

当初は緊張と寝不足の連続で、不安に押しつぶされそうな感じで収録していましたが

最後の2週くらいは、ほんとのびのびやらせてもらいました。

次は9月まで少し間が空きますが、倉敷の水野店長・野田の難波店長と

またつづきますのでまた聞いてやっていただきたいと思います。

ひとまずの4か月間、ガルディすたっふぅ及びFM岡山の皆様、岩崎さん

お疲れ様でした!また逢う日まで!

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FM岡山さまさま。

今朝もFM岡山、フレッシュモーニング岡山

ガッルデイPresentsちょうどぇぇ!がかっコええ!!収録してきました。

 

今朝はもう、緊張も何もなかったです(笑)

 

おもいっきり普通にトークぶちかましてきました!

さすがに7回目になるとなれますね~♪

 

今日はオーダースーツのめりっと・デメリットについて。

ホントのところはもうちょっと話したかったのですが

時間の縛りがありますからね。

まあそれでもいくらか伝わったと信じたいです。

 

来週は採寸についての話ですが、そっから枝葉ひろげて

またお話ししたいと思います。

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齋藤番?サイトウバン、再登板!

今月からFM岡山、フレッシュモーニング岡山

ガルディプレゼンツ、ちょおどえぇが、かっこえぇ~↑

の担当にまた再登板しました。

2月の4週間と先週今週合わせて6週間

FM岡山さんのスタジオに行ってあの独特な雰囲気の中

なまで出演するのもなれました♪

来週はオーダースーツのメリットとデメリット、

どっちかというとデメリットの方重視

これをあえて掘り下げていきたいと思います。

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私なりの孫子 no.18(始計編14)

始計編 no.14

多算勝、少算不勝。

算多きは勝ち、算少なきは勝たず。

 

<勝算のない戦いはしない>

いつの時代でも、決行するかどうかの決断は、トップにとって最も重要で、

しかも最も難しい問題である。

遠く殷代(紀元前11世紀以前)には、獣骨を焼き、

そのひび割れの形によって占うという方法がとられていた。

時代が下ると、祖先をまつる霊廟にこもってそのお告げをきき、さらには

その霊廟に重心を集めて協議するようになった。これを「廟算」という。

孫子は、その「廟算」の新しいやり方を導入した。それは、意思決定は

神霊のお告げや君主の思い付きでなく、客観的な計算に基づくべきだというのであった。

すなわち、「五字」(道・天・地・将・法)にてらし、

さらに「七計」(さきの五字に士卒の練磨・賞罰の明行を検証したもの)によって

彼我の戦力を比較する。それが「算」である。

そして勝算があれば戦い、なければ戦わない。

当然のことだが、案外これが実行されないことは、歴史の示すところである。

孫子の考えは、今日のシミュレーション、フィージビリティ・スタディ(設計・調査)などの

考え方に通ずるところがある。

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

私なりの孫子 no.17(始計編13)

始計編 no.13

親而離之

親しければこれを離せ。

 

<敵が団結しているときは、離間させろ>

日本の武将でこの手をよく使ったのは織田信長である。

地の利を得ていたとはいえ、弱小勢力から天下を制覇するまでに至った理由の一つは、

相手の結束を崩す文壇作戦に成功したことにある。

見の攻略においては斎藤家の家臣を懐柔して切り崩し、近江姉川で

浅井・朝倉連合軍と戦ったときは、互いに相手に疑念を抱かせ、

武田家打倒には穴山梅雪を切り崩すなど、離間策を駆使している。

中国となると、さらに事例に事欠かない。

魏・蜀・呉の鼎立する「三国志」などは、その教科書とすら言えよう。

翻って人間関係を考えると、最も問題を起こしやすいのが、この離間策である。

集団の中には、得てして、意識的に、もしくは無意識的に、親しい者同士を

離間させようとする者がいる。

それは、ねたみ心と根が同じもので、ゆがめられた自己保存本能と言える。

孫子の言葉は、これを使うためではなく、使われた場合の戒めとして心得ておく必要がある。

 

ここから私見…

むむむ…、現代社会においても3人以上の集団となった場合

これは当てはまり心得として考えることですね。

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

私なりの孫子 no.16(始計編12)

始計編 no.12

卑而驕之

卑(ひく)うしてこれを驕(おご)らせよ。

 

<へり下って相手を慢心させよ>

これを地でいったのが、紀元前6~5世紀、古代中国の大ドラマである呉と越の抗争である。

互いに勝敗をくりかえし、相手への復仇心を持ち続けるため、薪(まき)の上に寝て痛みを思い、

肝(きも)を嘗(な)めて苦みを忘れなかったということから「臥薪嘗胆」の成語を生んだ、

その抗争は数十年にわたった。

ついに越は首都を占領されて後の属国となったばかりか、越王勾践(えつおうこうせん)は

呉の都におもむいて呉王夫差(ごおうふさ)に臣として使える。越は一切の抗争をやめ、

数々の貢物を差し出し、絶世の美女まで贈って呉王夫差の歓心をかうのである。

実はこれは「へり下って相手を慢心させる」という、越の賢臣范蠡(はんれい)の作戦であった。

その一方で、彼らは着々と国力を充実させ、機会を狙っていた。

この作戦は図に当たり、やがて形勢は逆転して呉は滅亡するのである。

孫子のこの兵法は、「老子」のいう次のような摂理に基づくものである。

「縮めたければ、まず伸ばしてやれ。弱めたければまず強めてやることだ」

逆に考えると、下でに出る相手には注意せよ。決して、いい気になって慢心してはならない。

 

 

ここから私見….

まず、この本読んで初めて臥薪嘗胆の意味を知りました。

お正月の年賀状でよく使う言葉なので何かお祝いごとの意味かぁ思ってました。

中国のことわざだったんですね。

それはそうと、これは物事の作用反作用をうまく利用したものですね。

押してダメなら引いてみろ…的な。

相手に対して何をやってもダメなときは反対のことをやると意外にうまくいく

ってのはよくあることですもんね。

でもここでいう卑(ひく)うしてこれを驕(おご)らせよ…は

敵に対して勝ちやすき状況を作る戦う前の戦略だから

ますば相手が何に対して驕りやすいかを掴むのがとても大事なような気がします。

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

君に届け。

昨夜、3月末くらいにオンエアした映画、”君に届け”

多部未華子主演で、なんでも漫画で連載中のものを実写で映画化したらしい。

HDDに録画しておいて我が家でも面白いと盛り上がっていたので

一人でこっそり(別に隠すこともないけど^^;)見ました。

 

 

感想…

 

 

5回泣きました(T.T)

 

かなりキュンキュンきました。

 

ブルーレイに焼こう。

 

青春っていいですねぇ…

大塚騒動。

昨日、ヤフーのニュースで飛び込んできた大塚家具のお家騒動その結果、

結局6:4で娘の勝ち。

僕の見立てではオヤジが勝つと思っていました。

ってか親父が勝たなイカン思ってました。

世の中に順逆は二問無ではないのです。

 

まあ、ここまでの経緯がよくわかわず

メディアが断片的に出しているものしか判断材料がないのですが

ことの成否に関わらず、娘は親父が生きている間は

親父(の志・思い)を立てて会社を切り盛りしていくのが筋ってもんでしょう。

だって創業の志は2代目より創業者の方が強いに決まってるもん。

創業者より私の方が…なんて言ったらそれは傲慢とか増上慢とかってやつです。

それに創業者からの脱却…は創業者が死んでからです。

生前の脱却は創業者の判断でしょう。2代目の判断は筋違いです。

 

「いゃぁ…上場するほどの企業だから優秀な方が…」

な~んてのも関係ないと思います。

企業は人の集まりで、お客様も人。

人は感情の生き物ですから人として大事な”心(こころ)”から離れてはいかんのです。

その場は収まっても10年後20年後にひずみが現れます。

 

結果は娘が親父を蹴落とした下剋上。

日本の歴史では戦国のころより

親父を退けて栄えた家は皆無です。

武田信玄は親父を追放して3代目で滅び
(勝頼は家臣と近隣に見捨てられた)

齋藤義龍は親父を殺して2代目で霧散した。
(龍興はこれも最後家臣と近隣に見捨てられた)

 

大塚家具の社長は親父を殺してはないけど

こうなった以上、親父とその側近をそのままではやっていかれんでしょう。

ってか親父とその意をくむ側近が邪魔だから排除したんだから。

 

それを見たほかの社員とそれまで懇意してきたお客様・取引先

そっぽを向かなくても「え~~~…」って思うよなぁ…普通、ひくよなぁ…

 

僕がブログで書いてる孫子

根掘り葉掘り戦に勝つためのことを書いてますが

とどのつまりが敵味方の心の運用いかに!?なんですよね。

その延長線上に戦術論があるのです。

 

これまでコミニュケーションとってきました。という娘は

僕には理路整然としすぎて冷たく感じてしまう。

1+1が2なのがわからんの?バカじゃねぇ!!って言いそうな、

言わなくても態度に出そうなそんな人間性をかんじ

1+1?が3?ほう!あなたにはそんな答えでますか!どれどれ..

といった相手を受け止める懐の深さ、心の寛容さがないような気が僕にはします。

 

あくまで身勝手な推測ですが(笑)

 

まあ、親父さんも言ってはいけない

「育て方を間違えた」って単語をマスコミを前に平然と言ってしまうところが

人間性を感じて、この親にしてこの子ありかなと思ってしまいます。

 

本当は長男が少しくらい馬鹿じゃろうが

それを盛り立てる信用できる側近を育て得なんだ

親父の判断、日頃の行いと言動に一番の原因があると思います。

 

くわばらくわばら。

 

 

 

 

私なりの孫子 no.15(始計編11)

始計編 no.11

怒而撓之

怒らせてこれを撓(みだ)せ。

 

<相手を怒らせてかき乱せ>

酒に酔うと思わず本心をさらけ出すことがある。

同様に、激怒すると、ふだん胸におさめていることをぶつけてしまうこともある。

もちろん、酔っぱらったり怒ったりしたときの言動が、すべてその人の本心であり本質であるとは言えない。

心にもないことを口走ったり、思いもかけないことをしたりすることも多い。

だが、ともかく人間は興奮すると心のバランスを失い、平常まとっている衣装を脱ぎ捨てることは間違いない。

孫子はこの原理を詭道に活かせというのである。

剣聖宮本武蔵が剣豪佐々木小次郎を倒したのはその典型だ。

約定の刻限に彼はわざと遅刻した。小次郎はカッカとして待つ。やっと現れた武蔵は、

小次郎が刀の鞘を投げ捨てたのを見て「小次郎敗れたり」という。

小次郎の怒りは爆発し、完全に心のバランスを失ってしまう。

古来、中国の合戦ではこの手がよくつかわれている。

秦末、劉邦と項羽の天下制覇の対決で交わされた舌戦は有名である。

この原理は相手を倒す場合だけではなく、

 

1.相手の心の垣根を取り去ろうとする場合、

2.相手の正体を見抜こうとする場合、

3.相手を奮起させようとする場合、

など、さまざまに活用できる。

 

 

ここから私見…

この場合、相手の心の内を把握しよとするとき

相手の考えを看破するときなど、怒りの反応に限らず

人間は”心の生き物”という現実をよく把握して、心の反応を見るということが

最も重要な気がしますね。

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

私なりの孫子 no.14(始計編10)

始計編 no.10

強而避之

強なればこれを避けよ。

 

<相手が明らかに自分より上ならば避けること>

相手が自分より強い場合は避けることだ。

これは決して「長いものには巻かれろ」というのではない。

孫子の兵法は、あくまで最終的な勝利を目的とする。

強力な相手とぶつかって玉砕してしまっては意味がない。

そこで、正面衝突をせずに、ほかの方法で勝つことを考えるべきだというのである。

日本人は、「逃げる」というと、ただ逃げることしか考えない。そこで

逃げるのは卑怯だとして、「逃げる」といわず「転進」といって、表現でごまかしたりする。

逃げるのは恥ではない。

中国で伝承されてきた処世法によると、「逃げる」にもいろいろな逃げ方がある。

まず第一が「逃」で、これは、まだ兆しのうちに察知して、身をかくすことだ。

たとえていうと、狭い道で向こうから自動車が走ってくる。ぶつからないように、

わき道にそれてしまう。これが「逃」だ。

第二が「避」である。

これは身の安全を保って、時の経つのを待つことだ。

先の自動車の例でいうと、体を横にして接触を避け、通過するのを待つのである。

そして第三が「遯(とん)」である。

これは一時的に避けながら少しずつ目的達成に向かって努力することだ。

自動車の例だと、体を横にしながらも制止せず、少しずつ進んでいくのである。

避けながら、相手を倒す努力を続ける。最も積極的な逃げ方がこれである。

 

 

ここから私見…

 

相手が自分より強い場合、戦わずに避ける…これが最上である。

まあ、理屈では当たり前っちゃあ当たり前ですが

戦いを避けることが出来ない戦いも中にはありますよね。

戦争でいえば、大東亜戦争時代のアメリカに対する日本。

サッカーでいえばワールドカップ予選ラウンドでブラジルと当たっちまった日本代表(笑)

これは避けられたくとも避けるわけにはいかないですもんね。

こんな時は「遯(とん)」が一番いい選択肢であるように思えますが

日本語には直接ガチンコで戦わず様子を探れる「いなす」という言葉があります。

アメリカ軍をいなす。

ブラジルをいなす。

いいじゃないですか、いくさ巧者っぽくて。

ベトナム戦争でアメリカ軍をゲリラ戦に持ち込んだベトナム兵がまさにいなした。

W杯アジア予選で中東勢に毎回苦しめられるのも、まさにいなさせれた…ではないでしょうか。

人間関係でもいちいち相手の反応に直接反応で返すのではなく

いなす…使いこなしたいものです。

 

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

私なりの孫子 no.13(虚実編2)

虚実編 no.2

能使敵人不得至者、害之也

よく敵人をして至るを得ざらしむるには、これを害するなり。

 

<敵をこちらへ来ないようにするには、来たならば損害を受けると思わせることである>

相手は何らかの目的があって来ようとするのである。

それを、ただこちらの都合で「来るな」といったところで相手は止めるはずがない。

ところが、往々にして、来られたら困るという意識が先に立って「来るな」「来ないでくれ」

というにとどまっていることが多い。

主観的に過ぎるのである。

人に何かさせよう、もしくは、させまいとする場合、まずこの主観的態度を捨てることから

始めさせなければならない。そして相手の身になってみることだ。

そうすれば、どうしたら相手が動くか、もしくは動かないかということが分かるだろう。

禁止、制止、およそ人の行為を中止させることは、考えようによっては、

人に何かをやらせることよりもむしろ難しいものである。

どうしても、手っ取り早く、こちらの立場から出た命令か、お願いになってしまう。

ある小学校の調査によると、子供たちが嫌だと思う母親の言葉のトップは「だめ」、二位は「はやく」だそうである。

禁令はあまり多いと、かえって逆効果である。

 

 

ここから私見….

おおお…今日のは深いなぁ…

確かに人を”動かす”よりも”止める”方が困難ですね。

これが簡単に、思うように出来れば戦争なくなるし。

あ、孫子の兵法いらないねってなっちゃう(笑)

 

でも、大勢の人間を”動かす”や”止める”は、それこそおこがましいというか

なんだろう、人を駒のように思っているというか…その時点で間違いのような気がします。

そこに人の利害や感情がしっかりつかめて、

それに応じた状況を作ってあげると

自然と大きな流れは流れる方に流れるようになり

それが結果として己の利益につながるような人こそが

達人…のような気がします。

これは見方だろうが敵であろうが本質は同じたと思いますね。

 

 

 

つづく…

 

 

参考文献:PHP文庫中国古典百言百話4孫子 村山 孚 より

 

 

 

 

 

 

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